英国国王はフランスを統治していた?
アンティークコインの典型的なデザインといえば、表側は王様の肖像で、裏側は紋章です。紋章には王様の支配地域が描かれており、これを見れば領土の大きさが分かります。ところが、政治的な理由で紋章と現実が異なる場合があるので、有名な例を紹介しましょう。
画像①の金貨は、英国・ウィリアム3世(在位:1689~1702年)の5ギニー金貨です。中心のライオンを囲むように、盾が4枚並んでいるのが分かるでしょう。これはウィリアム3世の支配地域を示しており、12時の方向から右回りで順に、イングランド・スコットランド・フランス・アイルランドです。
この紋章には不思議な点が二つあります。一つ目は、フランスです。英国はフランスを支配していませんが、ウィリアム3世は自分こそがフランス王だと主張していたのです。時は遡って1300年代、英国国王エドワード3世の母親は、フランス王室から嫁いできたイサベラでした。英国王室にはフランス王室の血が流れていたということです。そしてフランス・カペー朝の血統が途絶えると、エドワード3世はフランスの王位継承権を主張してフランスと戦争を始めました(百年戦争)。以来、英国はコインにフランスを刻み、王位継承権を主張し続けてきました。
二つ目は、ウェールズがないことです。現在の英国は4か国の連合王国で、イングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドで構成されています。当時もウェールズは英国の一部だったのですが、イングランドと一体化したという扱いで紋章に描かれていません。
現代の英国はもう、フランスへの野心を放棄しています。画像②はエリザベス2世(在位:1952~2022年)の記念金貨で、盾の中にフランスの紋章は描かれていません。では、英国はフランスの紋章の刻印をいつ止めたのでしょうか。
画像③はジョージ3世(在位:1760~1820年)が1793年に発行した金貨で、盾の右上にフランスの紋章が描いてあるのが分かります。
画像④は、同じジョージ3世が1820年に発行した金貨で、フランスの紋章が消えています。フランスは1789年のフランス革命以降、共和制や帝政などに政治体制が変化しました。これを受けて、イギリスは19世紀以降に発行したコインにフランスを刻むのをやめたという経緯があります。
FX雑誌「外国為替」vol.13
発売:2024年10月22日(火)
定価:980円(本体891円)