ロンドン発の生きたFX情報を発信し続ける松崎美子さんに、「欧州にいるからこそ見える、理解できる、感じられる」をテーマに、その時期ごとの要点をレポートしていただきます。
松崎美子氏プロフィール
まつざきよしこ。スイス銀行東京支店へディーラーアシスタントとして入行。結婚のため渡英。バークレイズ銀行本店ディーリングルームに勤め、日本人で初めてのFXオプション・セールスとなる。1997年には米投資銀行メリルリンチ・ロンドン支店でFXオプション・セールスを務め、2000年に退職して数年後より、個人投資家へ。ブログ、セミナー、コラム、YouTubeを通じてロンドンや欧州の情報を日々発信している。
【著書】FXファンダメンタルズの強化書──情報を利益につなげる実践の読み方・使い方/松崎美子のロンドンFX (金融の聖地で30年暮らしてわかった日本人が知らない為替の真実)他
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2024年、ユーロ取引の注意点
21世紀が始まってから、マーケットは数々のテーマに沿って動いてきた。リーマン・ショックが発覚するまでは【キャリートレード】、その後は【世界規模の金融危機】とギリシャ債務危機から端を発した【ユーロ崩壊危機】。ユーロ危機の最中には、日本発の【アベノミクス】相場があったことも忘れてはいけない。最近は誰も経験したことがない【パンデミック】相場に打ちのめされ、2022年のウクライナ侵攻以降はエネルギー価格の上昇により前代未聞の【インフレ】に世界が悩まされた。
このようにマーケットにはっきりとしたテーマがあると、ある程度先の予想がしやすいが、その基準が曖昧な相場展開では、勝って当然のヘッジファンド勢でさえ苦戦を強いられる。2024年のマーケットも「利下げ」という分かりやすいテーマに沿い、ひたすらドルを売っていれば大丈夫というお気楽相場が予想されたが、年初からその期待は裏切られた。
今回のコラムでは、今年のユーロ取引の注意点を挙げたいと思う。
ユーロ取引の注意点【注目指標】
先述の通り、2024年は「利下げ」がテーマとなっている。これは米国に限った話ではなく、ユーロ圏をまとめる欧州中央銀行(ECB)の利下げも、早ければ3月からスタートと考えるエコノミストもいるようだ。利下げがテーマであれば、やはり注目される経済指標は以下の2つであろう。
①インフレ率
ユーロ加盟国のインフレ率では、HICP(Harmonized Index of Consumer Prices)とCPI(Consumer Price Index)の2種類が発表される。HICPは「EU基準消費者物価指数」と呼ばれ、欧州連合の創設を定めたマーストリヒト条約での統一基準に基づいて算出された物価指数である。ECBの責務である「物価安定の維持」のベースとなるインフレ率はHICPを使用している。CPIは世界各国が使用している一般的な消費者物価指数である。
最近のようにインフレ率が市場の注目を集めているときは特に、エネルギー価格や食料品などのような価格変動が激しいものを除いた「コア・インフレ率」がより重要度を増すので、必ずチェックするよう心がけたい。
②PMI(購買担当者景気指数)
景気が悪いときも良いときも、私が最も頼りにしているのがPMIである。ユーロ圏の場合は製造業・サービス業・総合がメインとなる。
PMIを見るときには、英語で書かれているので難しいかもしれないが、PMIの数字と同時に発表される発行元のエコノミストによる「数字の解説とその裏側に隠れた状況説明」にも目を通すことが重要だ。そこでは製造業やサービス業が置かれている現状説明や、今後起こり得る問題点などがエコノミスト目線で書かれており、数字だけでは見えてこない部分が見えてくる。
一般論になるが、数字が良くても最近の状況説明の内容がネガティブであれば、数か月以内にPMIの数字やGDPが悪化する可能性を先取りできる。特にGDPの悪化が顕著となれば、金融政策変更につながるリスクもあり、通貨のトレンド変化の先読みも可能である。
ユーロ取引の注意点【政治リスク】
ユーロという通貨は政治的思惑の塊であり、政治的圧力に常にさらされる運命にある。
①欧州議会選挙:6月6~9日
今年6月には欧州議会選挙が実施される。そこで欧州懐疑派・反イスラム・移民排斥色の強い極右・ポピュリズム政党が躍進すると、欧州の戦後秩序を規定してきた中道コンセンサスの崩壊懸念が高まってくるだろう。
ポピュリズム躍進観測の背景には、次のようなシナリオがある。パンデミックで大盤振る舞いした政府が、その後の金利高騰で債務利払いが増大。今後は否が応でも緊縮財政策に舵取りを強いられる。万が一、何らかの危機が起きたとしても政府による財政支援は期待薄となるので、有権者によるポピュリズム支持が高まるというシナリオだ。
さすがに彼らが過半数の議席を獲得することはあり得ないが、存在感を増せば東欧や南欧に向けた支援金や助成金支払いに支障が生じないとも限らず、注意が必要だ。あまりにも過激な動きとなれば、欧州への投資が引いてしまう可能性がないとは言い切れない。
②2024年下半期のEU議長国:ハンガリー
今年下半期の輪番制によるEU議長国は、ハンガリーである。同国とポーランドは、数年前から民主主義のルールに沿わない動き(言論の統制、首相による司法制度への介入、マイノリティへの差別等)が出たため、EUは民主主義の基本理念に忠実に基づく「法の支配順守」を、パンデミック支援金交付の条件に設定。欧州憲法裁判所も「法の支配の順守は支援金受け取り条件としてEU憲法の規定と合致する」という判決を下した。
そんな中、2023年にポーランドの有権者は、EUに友好的な中道政権を選び、オルバン首相はポーランドという重要な同盟国の支持を得られなくなった。孤立無援のハンガリーだが、そんなことで挫折するほどオルバン首相はヤワでない。議長国であることを逆手に取り、ことごとくEUの重要決定に水を差し、ハンガリー優位な方向に持っていくことが予想される。下半期のEUは波乱含みとなるだろう。
FX雑誌「外国為替」vol.12
発売:2024年8月22日(木)
定価:980円(本体891円)