
松崎美子氏プロフィール
まつざきよしこ。スイス銀行東京支店へディーラーアシスタントとして入行。結婚のため渡英。バークレイズ銀行本店ディーリングルームに勤め、日本人で初めてのFXオプション・セールスとなる。1997年には米投資銀行メリルリンチ・ロンドン支店でFXオプション・セールスを務め、2000年に退職して数年後より、個人投資家へ。ブログ、セミナー、コラム、YouTubeを通じてロンドンや欧州の情報を日々発信している。
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※『外国為替』vol.15より転載
ドイツ財政政策の歴史的転換
ドイツでは、2月23日総選挙で第1党となった中道右派CDU/CSU党(キリスト教民主同盟)と、中道左派SPD党(社会民主党)という伝統的2大政党による大連立政権が誕生する。3月に入り米国がウクライナ支援から抜けるリスクが浮上し、次期首相となるCDU党メルツ党首は急遽、5000億ユーロの「緊急防衛インフラ基金」の創設を3月5日に発表した。5000億ユーロと言えばドイツGDPの12%。肝を抜くどデカイ基金創設となる。
しかしこれには一つだけ問題があった。それは財政規律に厳しいドイツでは、財政赤字額をGDP比0.35%以内に収めることが憲法で義務付けられており、これを『債務ブレーキ』と呼んでいるが、今回の基金は完全に債務ブレーキに抵触するため、憲法の一部改正が必要となる。そしてそのためには、議会の3分の2以上の賛成が必要だ。
議会採決前に緑の党と妥協案で合意
複数の政党が反対に回ることとなった今回の憲法の一部改正。そこでのキープレイヤーは、緑の党であった。万が一否決されてしまうと、ドイツの面子だけでなく、ウクライナ和平にもネガティブな影響を与えかねないため、メルツ氏は必死で緑の党を説得した。
最終的に、国防費を憲法の債務ブレーキから事実上免除し、インフラ支出を気候変動政策にも充てると緑の党と約束し、ドイツはウクライナに何十億もの借款による援助を行うことができるようになった。最終的には、基金のうち1000億ユーロが気候変動目標の達成と再生可能エネルギーへの移行に充てられるそうだ。
緊縮財政からの歴史的逆転
今回の決定により、国防を強化しドイツ経済を飛躍させるため、過去に経験したことがない巨額の財政支出が行われる。
これは私個人の意見だが、今までずっと財政規律を遵守してきたドイツだからこそ、これだけ大規模の基金創設に動けたと思っている。この国の格付けは、大手3社(S&P、ムーディーズ、フィッチ)全てAAAで見通しは安定的であり、財政の優等国であることは誰もが認めている。それと比較すると、財政の劣等国であるイタリアは、格付けはBBBクラスで、一歩間違えば「投機的(ジャンク債)」レベルに落ちかねない。そうなると、ドイツのような財政拡大はやりたくても実行できないのが現状だ。
そしてここが一番大事な点であるが、ドイツだからこそできたが、ドイツには「やらない選択」、つまり自らの手で赤字額を大幅に増やさない選択肢もあったはずだ。しかし彼らは迷わずヨーロッパのリーダーとして手を挙げたのである。

赤字増額懸念で国債利回り上昇
AAAの最高格付けを持つドイツだが、さすがにGDP比12%という大規模な財政支出計画を受けて国債価格は大幅下落し、利回りが大きく上昇した(図①)。


図②のチャートは、独米イールド・スプレッドとユーロ/ドルの関係をチェックするために作成した。グレーのラインはドイツ10年物国債利回りからアメリカ10年物国債利回りを引いたもの、すなわち「イールド・スプレッド」(左軸)である。ローソク足は、ユーロ/ドル日足(右軸)。ドイツ国債利回り上昇のマグニチュードが激しかったこともあり、アメリカの利回りとの差が一気に縮小し、イールド・スプレッドが上昇。それを受け、ユーロも対ドルで大きく伸びた。
今後の動きについては、これからも国債利回り上昇は続くと思われ、ドイツの債務利払いに懸念や問題が生じない限り、ユーロ優勢の相場展開は続きそうに見える。