
松崎美子氏プロフィール
まつざきよしこ。スイス銀行東京支店へディーラーアシスタントとして入行。結婚のため渡英。バークレイズ銀行本店ディーリングルームに勤め、日本人で初めてのFXオプション・セールスとなる。1997年には米投資銀行メリルリンチ・ロンドン支店でFXオプション・セールスを務め、2000年に退職して数年後より、個人投資家へ。ブログ、セミナー、コラム、YouTubeを通じてロンドンや欧州の情報を日々発信している。
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ドイツ連立政権崩壊
11月6日、ドイツ連立政権が崩壊した。私は欧州で起こり得る大穴リスクイベントとして、2023年は「フランス前倒し解散総選挙実施」、2024年は「次期総選挙が予定されている2025年9月までドイツ連立政権は持たない」と予想していた。フランスについては外したが、結局1年遅れの2024年夏に解散総選挙実施となり、マクロン大統領の求心力は地の底に落ちたままである。
通称「信号機連合」ドイツ連立政権
ドイツでは2021年9月に3党による連立政権がスタート。それぞれの党のカラーはSPD党が赤、緑の党が緑、FDP党が黄色であるため、「信号機連合」と呼ばれていた。連立交渉時に、中道左派同士のSPD党と緑の党だけでは議席が足りないため、やむを得ず政治思考が違う中道右派FDP党に声をかけたことが信号機連合の始まりだった。FDP党は条件として財務相は自分たちの党から選出することを求めた。
財政政策における意見の相違
ドイツ経済は過去4年間全く成長しておらず、抜本的な改革が必要だった。今回の政治劇では、11月中旬までに来年度予算案成立が急がれていたタイミングで、リンドナー財務相が作成した「リンドナー白書:ドイツの経済転換」が流出し、政府内部の緊張が最高潮に達した。
この白書には同財務相の経済改革計画が記されている。主な内容は、規制緩和をベースとした経済活性化政策、緑の党が絶対に譲らないであろう気候変動目標達成年度の延期、補助金や社会的給付などの公共支出削減、定年年齢の柔軟化と年金受給額の引き下げ等、厳格な財政規律遵守を支持し、国家債務にブレーキをかけることに主眼を置いていた。これに対し、SPD党と緑の党は、ウクライナ向けの戦費増額や景気刺激策などの大規模な財政支出を支持している。
リンドナー白書は連立相手への攻撃か
念のため書くが、ドイツは現在、債務残高対GDP比が60%をわずかに上回り、財政赤字はGDP比2%未満、歳出比率はGDP比50%未満、金利支払いはGDP比1%未満である。これに対し、今年の夏に解散総選挙を実施したフランスは、債務比率が対GDP比115%、最近の平均財政赤字が対GDP比6%前後、歳出比率が対GDP比60%近く、金利支払いは対GDP比2%程度である。ドイツの財政事情はそこまで悪化しておらず、果たしてリンドナー財務相がここまで債務ブレーキにこだわる必要があるのか、疑問を感じている人も多い。
一部の政治専門家によれば、この白書はドイツ経済の弱点についての分析でもなければ、財政政策への解決策の提案でもなく、連立パートナー2党の政策への直接的攻撃とも受け取れるそうだ。いかに連立パートナー間の雰囲気が冷えきっていたかを物語っているとも言えよう。

連立内閣崩壊、内閣信任投票へ
11月6日、ショルツ首相はリンドナー財務相を解任した。緑の党ハーベック経済相は、世界的に不安定な時期であり、米国が新大統領を選んだばかりのタイミングだからこそ、ドイツが安定した政府を持つことが極めて重要であるため、連立解消は望んでいないと述べたが、最終的にFDP党の閣僚は全て辞任に追い込まれた。
ショルツ首相には2つの選択肢があった。1つは来年9月に予定されている総選挙まで少数派政権を維持し、その場限りの議会の多数決に頼って法案を成立させること。もう1つは、早期に解散総選挙に踏み切ることだ。
ちなみにドイツ憲法では、首相は自動的に解散総選挙を発表することはできない。首相が議会の信任投票で敗れた後、内閣解散を大統領に要請し、21日以内に解散。その後60日以内に投票という形になる。
総選挙実施を巡る意見の対立
ショルツ首相は来年1月15日に内閣信任投票、3月末までに総選挙実施を呼びかけた。信任されるにはドイツ下院733議席の過半数にあたる367票が必要となるが、今回は絶望的であろう。投票後に新政府が誕生するのは、5月下旬〜6月に入ってからと予想され、実にここから半年程度の政治的空白リスクが台頭するシナリオだった。
しかし、最大野党のCDU党 (キリスト教民主同盟、メルケル元首相が所属していた政党) のメルツ党首は、1月15日と言わず今すぐ内閣信任投票を実施し、来年1月中旬を総選挙投票日にすべきという考えを披露した。最終的にショルツ首相も首を縦に振り、12月16日内閣信任投票、2025年2月23日に総選挙投票日というシナリオが有力となった。
フランスに続きドイツも倒れた。トランプ新大統領誕生のタイミングで、欧州は経済的にも政治的にもどん底だ。強いリーダー以外相手にしないトランプ氏が、対欧州への関税措置やウクライナ戦争への対応をどう仕掛けてくるのか、お手並み拝見といきたい。