ロンドン発の生きたFX情報を発信し続ける松崎美子さんに、「欧州にいるからこそ見える、理解できる、感じられる」をテーマに、その時期ごとの要点をレポートしていただきます。
松崎美子氏プロフィール
まつざきよしこ。スイス銀行東京支店へディーラーアシスタントとして入行。結婚のため渡英。バークレイズ銀行本店ディーリングルームに勤め、日本人で初めてのFXオプション・セールスとなる。1997年には米投資銀行メリルリンチ・ロンドン支店でFXオプション・セールスを務め、2000年に退職して数年後より、個人投資家へ。ブログ、セミナー、コラム、YouTubeを通じてロンドンや欧州の情報を日々発信している。
【著書】FXファンダメンタルズの強化書──情報を利益につなげる実践の読み方・使い方/松崎美子のロンドンFX (金融の聖地で30年暮らしてわかった日本人が知らない為替の真実)他
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2024年におけるポンド取引の注意点
イギリスに住んで学んだことだが、この国の経済のアキレス腱は住宅市場である。イギリス人は日本人のように「貯金」をしない。少しでも余裕ができれば家を買う。この動きは1979年に誕生したサッチャー政権まで遡る。どういうことかというと、階級制度が根強いイギリスでは、労働者階級は産まれたときから「所有」することを諦める人生であった。そのような人達に対し、自分達が住んでいる公共住宅を購入する権利を与え、持家率の向上に努めたのがサッチャー首相だった。
それ以来、イギリスでは20代後半になると自分の住む場所の購入を考える。その後、結婚を期に買い替え。子供ができてもう一度買い替え。そして年金を受け取る年齢になると、今度はダウンサイズで小さな家に引っ越す。このようにイギリスでは一生に4~5軒の家を買い、改装を繰り返しながら常に住宅価格を引き上げる努力をし、それを自分の財産とするのが一般的だ。
前置きが長くなったが、2023年秋から住宅価格指数が回復してきた。そんなイギリスのポンド取引、今年の注意点を挙げたいと思う。
ポンド取引注意点①【注目指標】
いくつもあるが、ここでは4つ挙げたい。
①インフレ率(CPI)
英中銀のインフレ目標は2%で上下に±1%のバンドがついている。つまり英中銀は毎月のインフレ率を1~3%の間に収め、できる限りインフレ目標2%まで収束させることに全力をかける。
イギリスのインフレ率は米欧と比較して常に高い水準であり、なかなか2%まで下がらない。ただし今年5月に発表される4月分CPIは、昨年の電気ガス代55%値上げ分が計算式から抜けるため、ベース効果により一時的に2%以下になるといわれている。英中銀の予想によると、その後またじりじりと年末に向け穏やかな上昇をするそうだ。
このように恒久的にインフレ率が高めのイギリスは、主要国の中でも利下げ時期は最も遅くなると考えられ、ヨーロッパは一足お先に利下げスタートとなる可能性が高いので、それが為替レートにも影響を与えることになるだろう。
②PMI(購買担当者景気指数)
拙著『FXファンダメンタルズの強化書』の117ページから5ページに渡り、PMIの説明とFX取引での活かし方をまとめているので、ぜひお読みいただきたい。
今年に入ってからのPMIは、年内の利下げ期待を先取り好感した形で、改善に次ぐ改善となっている。これは言い換えれば、現在の5.25%という政策金利水準は英国経済の身の丈以上のものであり、万が一利下げが遅れれば景況感が一気に冷え込むリスクと背中合わせということだ。
③雇用統計、注目は賃金上昇率
イギリスの雇用統計は、毎月中旬に発表される。その中でも海外の市場参加者が最も注目するのが「賃金上昇率」だ。「ボーナスあり」と「ボーナスなし」の2種類が発表されるが、日本のFX会社は自社の経済指標一覧には賃金上昇率を取り上げていないので、日本の個人投資家さんの間では認識が低い。非常に残念であり、どうにかしてほしい。
④住宅価格指数
上述の通り、不動産市場はイギリス経済のアキレス腱であり、合計5種類の住宅価格指数が毎月発表されている。具体的には、住宅金融大手ハリファックス社とネーションワイド社。オンライン不動産最大手であるライトムーブ社。住宅鑑定士協会(RICS)。そして英統計局(ONS)である。
ポンド取引注意点②【政治リスク】
今年の秋には、総選挙が予定されている。伝統的にこの国では日照時間が長い春が投票日となるが、スナク首相は2022年10月に就任、総選挙は自身が首相として2年間務めてから実施という希望で、10~11月が有力視されている。
2大政党の政権取得サイクル
1990年代後半から現在に至るまで、2大政党の保守党と労働党政権はだいたい13年周期となっている。1997年に保守党が大敗し、ブレア首相率いる労働党政権が誕生し、13年続いた。2010年には保守党政権が誕生し、それから現在まで14年間に渡り続いている。現時点では保守党と労働党の支持率差は20%近くあり、秋までにこの差は埋まらないと思え、次は労働党政権となる可能性が有望だ。
ポピュリズム政党の台頭
ヨーロッパでは極右系ポピュリズム政党の躍進があちこちで目立つが、イギリスでは保守党と労働党による2大政党制がしっかりとしていた。しかし今年に入り大きな番狂わせが起きたのである。それは、旧Brexit党の復活だ。
話は2月に遡る。2つの選挙区で実施された補欠選挙で保守党は議席を失ったが、これは想定内のこと。ところが旧Brexit党が自民党や緑の党を押しのけ第3党に躍進したのには国中が驚いた。
そもそも旧Brexit党は保守党の過激派議員が離党して結成した党なので、元保守党支持者がそちらに流れたことを意味するが、それでもいきなりの第3党は恐ろしすぎる。ちなみに旧Brexit党は既にBrexitを達成したので、現在は「移民・難民排除」を公約に挙げて戦っている。ヨーロッパもイギリスも移民・難民問題には頭を悩ませており、有権者もこの問題を選挙の論点とする覚悟のようだ。夏休み以降、総選挙リスクには注意したい。
FX雑誌「外国為替」vol.13
発売:2024年10月22日(火)
定価:980円(本体891円)